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東京地方裁判所 平成5年(ワ)18003号 判決 1997年1月28日

原告

添野要

右訴訟代理人弁護士

小林宏也

(他二名)

被告

東京鐵鋼株式会社

右代表者代表取締役

吉原毎文

右訴訟代理人弁護士

鈴木和雄

鈴木圭一郎

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告と被告との間に雇用関係の存在することを確認する。

被告は原告に対し、七五七万九五九三円及び平成五年九月二五日以降本案判決確定まで毎月二五日限り三六万〇九三三円を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の従業員であった原告が出向先の会社においてその地位を利用して下請業者からの金員の受領、会社を設立して営業行為をなしたことを理由に懲戒解雇されたところ、この解雇事由は存しなかったとして右懲戒解雇の無効による雇用関係の存在確認と雇用関係の存在を前提としての賃金の支払いとを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者関係

被告は、肩書地に本社工場を置き、東京、仙台、大阪などに営業所を設け、主として鉄鋼建材の製造販売を業とする株式会社である。

原告は、昭和四五年一二月一六日、被告に雇用され、栃木県小山市所在の小山工場に勤務した後の同六二年二月一六日、被告の系列会社であるトーテツ産業株式会社に出向し、平成三年三月から製造一課長として勤務していた。

2  懲戒解雇

被告は、平成三年一二月二五日、原告を懲戒解雇(以下「本件懲戒解雇」という)した。

本件懲戒解雇事由は、原告は、出向先であるトーテツ産業株式会社において、製造一課長の地位を利用して不当な金品を受取ったり、被告の指示によらないで勝手に有限会社「奥村産業」及び有限会社「礎」を設立し取引を行って背任行為をした。このことは被告の就業規則一一三条三号「不正不義の行為をなし、従業員としての体面を汚した」、同条九号「職務を利用し、不当な金品その他を受け取った、又は与えた」に該当する、というにある。

二  争点

本件懲戒解雇の有効性にある。

原告は、本件懲戒解雇事由は存しなかったと主張しているので、本訴における主要な争点は本件懲戒解雇事由の存否にある。

第三争点に対する判断

一  本件懲戒解雇事由の存否

1  地位利用による金員受領について

(一) トーテツ産業株式会社における原告及び田村淳の職務権限について

トーテツ産業株式会社における原告及び田村淳の職務権限について争いがあるので、先ず、この点について検討する。

証拠(略)によると、次の事実を認めることができる。

原告は、トーテツ産業株式会社に出向となった昭和六二年二月一六日以降建材部製造課において、菊地建材部長の下で、下請業者の選定、下請業者に対する発注及び技術指導等の業務を担当し、平成三年三月から同製造一課長に就任し、一か月に一度開催されていた生産・販売会議において検討された販売予測及び材料手配等に基づき下請業者に一社当たり総発注高の三割の範囲内で発注する職務権限を与えられ、この業務を原告の判断でなしていた。

他方、田村淳は、トーテツ産業株式会社が職業安定所を通じて採用したいわゆるパート社員であって、担当職務は、取引先の旭化成からの発注を振り分けて記帳した上で製造課に回すことにあり、職位が部長付きとなったのは、同人の賃金を一か月二〇万円から二五万円にするための便宜的措置によるのであり、同人には部長代行権限はなく、経理を担当していたこともなければ下請業者に対する技術指導をなす権限もなく、勿論、原告の主張するように原告の上司の立場にもなかった。

(二) 乗用車(車名「メルセデス・ベンツ」、型式「E-二〇一〇二四」、以下「本件乗用車」という)の購入

本件乗用車の購入者名義が原告名をもってなされ、この購入代金が下請業者からの振込入金のうちから割賦弁済されていたことは争いがないところ、原告は、本件乗用車の購入と右下請業者からの振込入金に関しては原告の全く関与するところではなかった旨主張するので、先ず、本件乗用車の購入に原告が関与していたか否かについて検討する。

証拠(略)によると、次の事実を認めることができる。

販売店を株式会社ヤナセ(栃木小山営業所)、買主を原告名義とする平成二年一月二五日付け本件乗用車についての売買契約(代金五〇〇万三七五六円)が締結され、この残代金五〇〇万円の割賦弁済のため、同日、日本信販株式会社との間で、申込者を原告名義とする割賦弁済契約(契約名「ヤナセオートローン」、弁済方法は保証委託料を含め五五五万八〇〇〇円を第一回は一五万七五〇〇円、第二回以降は平成二年二月から同五年一月まで毎月二七日限り一五万四三〇〇円宛三五回払い)が締結されている。そして、本件乗用車の車庫証明は原告方となっており(但し、この点は原告も認めている)、また、原告も本件乗用車を時折運転利用していた。

右認定事実によると、本件乗用車の購入者は原告であることを推認することができる。

ところが、原告は、本件乗用車の購入者は田村であり、同人が本件乗用車を購入したのは自宅から勤務先のトーテツ産業株式会社までの約八キロメートルの自転車通勤が苦痛となったためであり、購入者名義が原告となっているのは田村は資産が乏しいためにローンを組むことができなかったので、同人に依頼されて名義を貸したに過ぎない旨主張し、供述する。

しかし、証拠(略)によると、トーテツ産業株式会社は駅前から同社まで通勤用のバスを運行しており、田村は何時でもこの通勤バスを利用することのできる状況にあったばかりか、田村は、運転免許を取得していなかったので運転することもできなかったし、本件乗用車の購入については原告も田村とともに販売店の担当者と交渉に当たっていたことを認めることができるのであるから、原告の右供述はにわかには信用することができない。

(三) 銀行口座(取引店を「株式会社第一勧業銀行小山支店」、口座名義人をキヌガワサンギョウグループ代表添野要」とする銀行口座、以下「本件銀行口座」という)開設と同口座への下請業者から振込入金

証拠(略)によると、本件銀行口座は、平成元年一一月六日、原告の印章によって開設されており、本件銀行口座にはトーテツ産業株式会社の下請業者から左記のとおりの振込入金がなされていることを認めることができる。

<1> 株式会社園田機工

平成二年二月一五日及び三月二七日各一〇万円、同年四月二六日二〇万円、同年六月一日三五万円、同年八月二三日一五万円

<2> 有限会社新野産業

平成二年八月七日一六万五八八三円、同年九月五日二一万一四四一円、同年一〇月四日二三万九二七九円、同年一一月五日二〇万三二七九円、同年一二月五日二〇万四二七九円、平成三年一月八日六七万九二二六円、同年二月五日三六万二二六七円、同年三月五日三五万一八四四円、同年四月五日三六万八〇〇一円、同年五月二日四四万四五五〇円、同年六月五日三八万七四二三円、同年七月五日二八万八七七九円、同年八月五日三二万九九〇〇円、同年九月五日三二万六六七〇円、同年一〇月三日二九万五一五一円、同年一一月五日二八万一五七六円、同年一二月一〇日三二万〇〇一五円

<3> 日本溶接機株式会社

平成二年九月六日一五万円、同年一一月九日三〇万円、平成三年二月一四日一〇万五〇〇〇円

(四) 本件銀行口座からの本件乗用車割賦金の引き落とし

証拠(略)によると、本件銀行口座から本件乗用車の割賦弁済金として平成二年二月二七日一六万八五〇〇円(但し、うち一万一〇〇〇円は公正証書作成費用)を第一回として同年三月から平成四年一月までの毎月二七日に各一五万四三〇〇円宛の引き落としがなされていることを認めることができる。

(五) トーテツ産業株式会社の原告及び田村淳に対する事情聴取

トーテツ産業株式会社は、平成三年一二月上旬ころ開催した運送会議において、下請業者に対する運送料の支払いが二重払いとなっていることに気付き、そこで、その原因究明のための調査に着手し、下請業者から資料提供を受けたり、事情聴取をしたりしたところ、原告がその地位を利用して下請業者から金員を受領していることの疑念が生じ、さらには、原告が有限会社奥村産業及び有限会社礎を設立(但し、設立登記はしていない)して有限会社奥村産業がトーテツ産業の外注先となっていることが明らかとなった。

このようなことから、トーテツ産業株式会社の代表取締役水野教雄(以下「水野社長」という)は、同月一〇日、小林取締役、岩上総務部長立ち会いの下で原告から事情聴取をした。この事情聴取において、水野社長は原告に対し、本件銀行口座開設の経緯、下請業者からの本件銀行口座への振込入金の理由、有限会社奥村産業及び有限会社礎の設立の経緯等を質した。これに対し、原告は、本件銀行口座開設に関しては原告の印章を田村に預けて開設したことは認めたものの、開設理由については民謡関係の収入があり、税務申告を田村に任せていたためであるとの説明に終始し、水野社長のさらなる追求に対しても右以上に説明するところはなかった。また、下請業者からの本件銀行口座への振込入金に関しては原告の印章を田村に預けたことに原告の責任があるとの答弁に終始し、水野社長の有限会社新野産業から一年以上に亘り総額五〇〇万円以上の振込入金が何故になされているのかの調査をするように述べられても明確な返答をしようとはしなかった。さらに、有限会社奥村産業の設立に関しては、トーテツ産業に以前勤務していて退職した大高好雄を援助するために原告、田村及び大高の三名でなしたことの説明をし、有限会社礎に関しては原告と田村とで設立した会社であり、従業員の募集は原告が当たっていたことの説明をした。また、原告は、右の間、水野社長からの本件銀行口座を通じての不正行為があったことを分かっているかとの問いに肯定的返答をなしたばかりか、水野社長がこれ以上の弁明をしないのであれば重大な責任を負わなければならないと述べたのに対し、特段の応答をしなかった。

次いで、同日、水野社長は、田村淳から田中取締役、岩上総務部長立ち会いの上で事情聴取をした。この事情聴取において、田村は、二日前に原告から相談があり、この際、原告に対しては下請業者から一キログラム当たり三円を受領していたのであるから事実のとおり答えるべきである旨の進言をしていたことを述べ、本件銀行口座の開設に関しては田村がなしたことを認めたものの、開設理由については何ら説明しようとせず、本件乗用車購入に関しては原告が欲しいということから購入することとなったとの説明をし、有限会社新野産業からの本件銀行口座への振込入金に関しては技術指導料名目で当初は一キログラム当たりの運送賃三円のうち一円五〇銭を、その後は三円を振込みさせており、このことについては原告、田村及び大高の三名の合意でしたことであり、右振込金については右の三名で均等分配をしていたことを説明し、有限会社奥村産業の設立に関しては、大高のトーテツ産業を退職するに当たり、原告、田村及び大高の三名で設立した会社で、営業をしていたこと、有限会社礎の設立に関しては右三名の間で諍いが生じたために、原告と田村とで設立した会社であり、機械、机等を有限会社豊光製作所の工場内に移動させて約二か月間営業をしたことの説明をした。

(六) 原告のトーテツ産業株式会社宛の退職届書の提出

証拠(略)によると、次の事実を認めることができる。

水野社長は原告に対し、同月一二日、原告から事情聴取後何らかの弁明があるものと期待していたが一向に弁明がなかったことから、原告の責任は重大であり、この旨を記載した退職届を提出するように求め、自らこの趣旨を記載したメモを示して、平成三年一二月一二日付退職届書を記載させて提出させた。この退職届書には、「私儀 この度会社の取引先を利用し金員を受けとり会社に多大なる損害を与えたことに深く反省しここに退職いたします」と記載されている。

原告は、右退職届書の記載・提出の求めに対して何らの反論もしなかったばかりか、迷惑をかけた旨の謝罪までしている。

右認定の退職届書の文面からは原告は本件懲戒解雇事由の前段部分を認めたこととなる。

ところが、原告は、トーテツ産業株式会社の取引先を利用して金員を受領したことは全くなかったが、水野社長から右退職届書記載と同内容の原稿を示されてこのとおり書くように指示され、書けば退職金を支払うと言われたので、退職を迫る姿勢に立腹しつつも、退職金が受領できるのであれば記載してもよいと思い記載した旨主張し、同旨の供述をする。

しかし、原告の右主張・供述は、水野社長のトーテツ産業株式会社は原告に対し退職金を支払う立場にないから右のようなことを述べたことはない旨の証言と対比しても信用することができない。

なお、原告は、右退職届書の宛先がトーテツ産業株式会社となっているのであるから、被告に対する関係では何らの意味をももたないかのような主張をしているが、このことは、水野社長の証言によると、原告の出向受入れ先としての監督者がトーテツ産業株式会社であったので同社宛にしたまでのことであることを認めることができ、このような書式は十分合理性を有するということができるから、原告の右主張は採用しない。

(七) 被告担当者による原告に対する事情聴取

証拠(略)によると、被告の総務人事部長塩野政雄(以下「塩野人事部長」という)は、同月一三日、水野社長及び小林取締役から原告に関しての調査結果を逐一報告を受けていたことから、原告から直接事情聴取をした。この事情聴取に対しても原告は、本件銀行口座開設の理由は民謡関係のためである旨の説明に終始し、塩野人事部長のこれ以上の弁明がないのであれば懲戒解雇の理由になる旨の説明に対しても右以上の説明をせず、振込金の使途を尋ねられても何らの返答をもしなかったことを認めることができる。

(八) 栃木労働基準監督署の田村に対する事情聴取

証拠(略)によると、栃木労働基準監督署係官は、平成三年一二月二五日、トーテツ産業株式会社からの田村に対する解雇予告手当除外申請に応じて田村から事情を聴取した。この事情聴取に対し、田村は同係官に対し、下請業者からの本件銀行口座へ振り込まれた金員は原告、田村及び大高の三名で均等に分けていたこと、その後は大高の独立資金として利用した旨の説明をしたことを認めることができる。

(九) 本件懲戒解雇事由となった地位利用による金員受領の存否

以上の認定事実、すなわち、原告のトーテツ産業株式会社における担当職務は下請業者の選定、下請業者に対する発注及び技術指導といった下請業者に対しての比較的影響力を及ぼすことのできる地位にあったこと、本件乗用車の購入者は原告名義をもってなされており、車庫証明も原告方となっていたし、原告も本件乗用車を時折運転利用していたのであり、他方、田村は、運転免許を得ていないのに同人が本件乗用車を購入するなどということは極めて不自然であるばかりか、同人には本件乗用車を購入する動機・理由が極めて薄弱であること、本件銀行口座は原告が代表者名義となって原告の印章によって開設されており、田村が原告名義を借用したとする原告の弁解も不自然で説得力を有さないこと、そして、本件銀行口座への下請業者からの振込入金も原告のトーテツ産業株式会社における地位からすれば原告の関与によってなされたと考えるのが自然であり、田村の同会社における前記認定にかかる地位からは同人の関与のみによって右のような振込入金がなされたと考えることは困難であること等を総合考慮すると、原告には本件懲戒解雇事由となった地位利用による金員受領がなされたと認めることができる。

原告は、下請業者からの金員受領は田村が一存でなしたことであり、原告は全く知らなかったことである旨の供述をし、田村も同旨の証言をするところ、これらの供述及び証言は、右に述べた理由により信用できないばかりか、水野社長の原告及び田村に対するそれぞれの事情聴取においても原告及び田村は、終始曖昧な弁解に終始していて右のような供述及び証言内容を述べておらず、原告はトーテツ産業株式会社宛に右の金員受領を認めたうえでの退職届書を提出しているのであるから、以上の諸点に鑑みると、原告の右供述及び田村の右証言は到底信用することができない。

そうすると、原告は、トーテツ産業において、建材部製造課における下請業者の選定、下請業者に対する発注及び技術指導をする職務権限を有しているところ、大高、田村とともに下請業者から総額五〇〇万円以上のリベートを取得し、このうちの一部を本件乗用車の支払いに充て、その余を均等分配したというのであるから、就業規則一一三条三号及び九号に該当するということができる。

2  別会社を設立し取引を行った背任行為

原告が田村等とともに有限会社奥村産業及び有限会社礎を設立し、有限会社奥村産業をトーテツ産業の取引先とし取引をなしていたことは前記認定したとおりである。

原告は、有限会社奥村産業の設立は菊地庄一社長代行の指示によって設立されたのであり、同代行は田村に対し、奥村産業の技術指導に当たるように命じ、この命を受けた田村が原告に対し同旨の命をなし、原告はこの命に従ったまでのことである旨主張するが、これは(人証略)と対比して採用することはできない。

また、原告は、有限会社礎の設立につき、原告が設立に関与したことはないが、トーテツ産業株式会社の下請業者であったので原告が技術指導をした旨主張するが、この主張も右証人の主張と対比して採用できない。

右認定事実によると、原告はトーテツ産業株式会社において前述した地位にありながら、右のように別会社を設立してその営業をしていたというのであるから、就業規則一一三条三号及び九号に該当するということができる。

二  本件懲戒解雇の有効性

以上のとおり、原告には本件懲戒解雇事由が存し、この事由は原告のトーテツ産業株式会社における地位・職務権限、その事由の重大さ等を考慮すると、本件懲戒解雇は相当であり、合理性を有するということができる。

したがって、本件懲戒解雇は有効である。

原告は、被告は原告に対し、十分な弁明の機会を与えなかったので、本件懲戒解雇は手続面において問題があり、その効力を有しないかのような主張をするが、原告に対しては十分な弁明の機会が与えられていたことは前記認定のとおりであるから、この点に関する原告の主張は理由がない。よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 林豊)

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